高円寺解体新書
高円寺(仮名)とは僕の大学時代の後輩である。
このブログにも何回か出したことがあるので、流石にもう分かるひとも居るのではないか。
今日はこの高円寺という人物について語る。
高円寺は大学時代のサークルの一年後輩である。
僕と高円寺はジャズ研究会と言う音楽サークルに所属していた。
サークルの飲み会でお互いマンガが好きという話で盛り上がったのかなんなのか、結構仲良くなる。
そう、仲良くなりすぎたのだ。
今ではほぼタメ口で喋ってくるようになってしまっている。
高円寺という男は犬のように人間を上下関係で見るタイプの輩なのだ。
最近それがエスカレートして、僕に平気で暴言を吐いたりするのだ。
このところ、完全に僕を先輩として見ていないのではないか?
そんな考えが芽生え、最近、高円寺の態度に疑問を覚えたのだ。
確かに僕はカッコいい先輩ではないだろう。
サークルに居た頃は楽器の演奏があったので、後輩から尊敬されてもいたかもしれない。
だが、いま僕は無職。
舐められるのも当然かもしれない。
いや、高円寺とは職業で人間を判断する奴だっただろうか?
致し方ない理由があったのなら、現在無職である事に納得しないものだろうか。
恐らくだが、他の先輩が無職であってもタメ口になったりしないだろう。
引っかかったのは、とっさの一言なのだ。
高円寺に本を借りに部屋へ遊びに行ったときのことである。
あまりにも部屋が汚かったので「大掃除する気だったら手伝うよ?」と言った。
だが、「いいすわ、触られたくないし」と言ってきたので、
「いやまあそうだろうと思って黙ってたけど、もうひとりじゃどうもならなそうだからさー」と言ったら返す刀で「お前には言われたくない」と言い放ったのだ。
これ結構酷いこと言われてないか?
多分「もうひとりじゃどうもならない」のは僕の方で、その事に気づいてないの?
と言わんばかりである。
確かに、大きなお節介を焼いた。焼いたは焼いたが、ここまで言われる筋合いがあるだろうか?
高円寺とは先輩であれ、ここまで踏み込んできたら、こう言ってもいいよねという判断をするやつである。
ということは、僕はあいつにとっての越権行為をしてしまったため、あのような暴言を吐かれたことになる。
恐らくだが、お節介を焼いた一言であることは間違いない。
「1人では掃除もできないだろう」というような一言が気に入らなかったのだろうか。
それについては根拠がある。
あいつは引っ越しを3回くらいしているのだが、その一回目の引っ越しから開けてない荷物がいくつかあるのだ。
その事を言ったら「それはそうかも」と言っていた。
と、言うことは「お前には言われたくない」ということについては言い過ぎた一言であると思っているのだろうか。
ふと思ったのだが、あいつ俺のこと好きじゃないんじゃね?
そうだ、いくら先輩だろうと好きでもなく、尊敬もしていない先輩にお節介を焼かれたら僕も暴言を吐くかもしれない。
これはなんとなくしっくり来た。
しっくり来たので溜飲はすこし下がった。
どっちにしたって尊敬はされてないだろうということが発覚してしまったが、その考察はまた今度。